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Short story Shusei Fujikawa

じいちゃんの庭

去年の年末にじいちゃんの庭が「清水氏庭園」として国の登録記念物のうち「名勝地関係」に登録されることが決まったらしい。俺はそんな難しい名前で呼んだことはないし、これからも呼ぶことはないと思う。じいちゃんの庭は俺が生まれた時からあって、小さなころはそれのすごさなんて微塵も理解していなかった。

By Shusei Fujikawa


ある小学校の歴史の授業で、千年前の平安貴族の邸宅と、じいちゃんの家が瓜二つだったのにびっくりしたのは今も覚えている。庭に池はあるし、橋もある。貴族の家とよく似ていた。そのすごさに気づいてからも、大学生になるまでは友達に紹介することはなかった。日本庭園に興味なんて持たないと思っていたから、、、だから大学生になって友達が興味持ってくれるのは個人的にはめちゃくちゃうれしい。

俺はいとこの中で一番上だから、じいちゃんの庭での思い出もいとこの中で一番多い。一番古い思い出は、じいちゃんの家の裏にある溝をすごい勢いで黒く、細長い何かがいたのを見て、両親に、

「父さん、母さん、溝にウナギがおった。」

と報告したことだ。今思えばあれはでっかい蛇だったと思う。ほかには、十人以上いるいとこで、鬼ごっこやかくれんぼをたくさんしたり、山の深いとこに秘密基地つくったり、庭仕事手伝わされたり、たくさんの思い出がある。そのたくさんある思い出の中で、一番印象に残っているのは、かくれんぼをしているときに絶対誰にも見つからない場所に隠れて、見つけられるのを待っていたら、知らない間にかくれんぼが終わっていたことだ。両親のもうすぐ帰るという声を聴いた当時の俺はどういうことかよくわかっていなかった。

そんなたくさんの思い出がある、庭が国の登録記念物になったらしいので自分なりに色々調べてみた。まず今の家はもともと別邸で、江戸時代の後期までは笠岡の中心部に屋敷を構え、廻船問屋を営んでいたらしい。いつこの庭ができた正確な時期は定かではないが、1779年に俳人でお坊様の蝶夢という人が庭を訪れた時に記録を残しているので、1779年には存在していたことは確実だ。今でこそじいちゃんの家の周りは住宅街のようになっているが、水野氏という領主が干拓事業を行うまでは遠浅の海が広がっていた。庭の池の西側の北半部には海岸線だった干拓前の岩をそのまま取り込んでいるらしい。正直、今までこんなでかい岩をどうやって運んだのかは疑問でしかなかったが、やっと謎が解けた気がする。小さい頃は、どういうわけか、お相撲さんが海の底まで泳いで、岩をとってきて置いたと思っていた。調べていくうちに、今までは全く持って意識してなかったことにも意味があるということを知った。たとえば、庭の中心にある心字池には、鯉を模した鯉魚石がある。それのすぐ上には、水こそ流れていないものの龍門瀑という滝がある。これは鯉が滝を上り、龍になるということを表している。こんな感じで知らないことがたくさんあった。ここ最近、庭には新しいものがふえていくなあと俺は感じていた。でもそれも調べていくうちに昔に存在したものを戻していっているのだということも分かった。

年始や年末の餅つきとかの行事の時には、親戚一同が集まるじいちゃんの家と庭。そんな、歴史と思い出がたくさん詰まっている庭を廃れさせないために、じいちゃんは日々庭仕事に励んでいる。でもそんなおじいちゃんも77歳。5年前にはひざの手術もした。最近は俺自身もおじいちゃんどころか、家族にも土日以外はあんまり会えず、週末になって、久しぶりという言葉を交わすほどだ。このエッセイを通して庭が自分にとってどれほど大切かということを再確認することができた。これからは、最近あまり手伝えてなかった庭仕事も手伝おうと思う。じいちゃんと一緒に最高の庭にしたら、みんなにも来てほしい。庭を廃れさせないために、ご先祖様のためにも頑張りたいと思う。

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