Written by Genki Hase
導入:多元主義と新自由主義が同時進行する中での博物館
1960年ユネスコ総会において採択された「博物館をあらゆる人に開放する最も有効な方法に関する勧告」は、博物館を以下のように定義した。
「博物館」とは、各種方法により、文化価値を有する一群の物品ならびに標本を維持・研究かつ拡充すること、特にこれらを大衆の娯楽と教育のために展示することを目的とし、全般的利益のために管理される恒久施設、即ち、美術的、歴史的、 科学的及び工芸的収集、植物園、動物園ならびに水族館を意味するものとする。
(文部科学省, n.d.)
上の定義にみられるように、ユネスコの勧告において博物館は様々な集団の社会的包摂及び相互理解・相互協力を増進する役割を担っていることが強調されている。このような博物館の教育重視、公平性、多元主義化は、様々な興味(interests)を包摂するアメリカのスミソニアン博物館群などをはじめ、世界各国でみられるところである。しかし、その一方で市場経済原理に沿った「効率の良い」運営をすべき、ひいては「巨額の公金を投じて遺跡をマネジメントすることへの説明責任が問われること」になるといった新自由主義的な考え方が多元主義的考え方と競合している背景があるのもまた事実である(松田, 2018)。例えばイギリスにおいては、2023年までの個別の文化遺産マネジメント独立採算化が求められており、そのために史跡のマネジメント事業者は公金に頼らない運営資金の確保が求められている(松田, 2018)。本レポートでは、このような多元主義と新自由主義的な考え方が同時進行している背景をふまえ、現代の潮流にどのように博物館が自身を変化させ、社会に適応していっているのかをオランダのポップアップミュージアムを例に探っていく。
ファロ条約とオランダのポップアップミュージアム
欧州評議会が2005年に採択し、2011年に施行された「社会のための文化遺産の価値に関するフレームワーク条約(Framework Convention on the Value of Cultural Heritage for Society)」、通称ファロ条約は、遺産の知識とその活用が世界人権宣言で定められた文化的生活に参加する市民の権利の一部を構成するという考えに基づいている(Alosi, 2018)。この条約において文化遺産は、人と人の対話及び人と場所を時間を超えて表象する資源であり、文化遺産コミュニティを、特定の遺産の価値を評価・持続し継承を希望する人の集まりと定義している(Council of Europe [CE], 2005)。つまり、ファロ条約において、すべての人は文化遺産から利益を得て、その充実に貢献する権利を有しているということだ(Vícha, 2014)。
ファロ条約を受け、オランダ政府は文化財に対する市民の積極的な関与を中心としたファロ条約に準ずる様々なプロジェクトを支援し、オランダの文部科学省にあたる政府機関(Ministry of Education, Culture and Science)が開催する「ファロ条約ミーティング(Faro Convention Meeting)」で議論されたことを雑誌として取り上げるなど、様々な活動を行ってきた。この政府の文化遺産と人々の関与に関する方針に応えるように、文化遺産コミュニティや博物館、一般市民は、「モノや場所が文化遺産の最も重要な側面ではなく、人々がそれらに与える意味や価値を重視するという考えを奨励すること」を意味する「ファロ流」に文化と人々について考える活動を活発化させていった。つまり、以前の建築遺産や考古学的遺産の保護に関する条約はどのように文化遺産をまもるかに焦点が当たっていたのに対し、ファロ流は、何故文化遺産をまもる必要があるのかを問い直し、文化を恒久的なものではなく流動的なものとして捉える流れであるといえるだろう(CE, n.d.a; CE, n.d.b; Cultural Heritage Agency [CHA], 2019)。
この多視点・物語・アイデンティティを包摂しようとするファロ流を実践する活動の一つに、オランダのポップアップ移民ミュージアム(Migration Museum Heerlen)がある。ポップアップミュージアムとは、いわゆる臨時博物館あるいは非常設展のことで、特徴として一つの関心ごとを深く掘り下げている点があげられる。このポップアップミュージアムのテーマは「移住の昔と今」で、来訪者は展示区画の空白に自身の思い出の品や考え、写真を博物館資料として加えることで、博物館側が提供する解釈に縛られない多様な視点・物語・アイデンティティを収集・展示・教育している(Migration Museum Heerlen, n.d.; CHA, 2019)。また、ポップアップ移民ミュージアムは、自治体から資金を調達しており、その人気と反響から当初の予定より三か月の期間延長を行った。
まとめ:恒久的な博物館と一時的な博物館
ユネスコの定義にみるように、博物館は「恒久性」をしばしば特徴として帯びている。しかしながら、オランダのポップアップミュージアムにみられるような「臨時性」を帯びた収集物と研究成果を収集・保存・展示・教育する一時的な「博物館」も、十分に様々な集団の社会的包摂及び相互理解・相互協力を増進する役割を担っているといえるのだろう。イギリスの2023年までの個別の文化遺産マネジメント独立採算化を代表に、新自由主義的な市場経済に沿った運営・経営と博物館の観光地化は同時進行している。このような社会的文脈の変化の中、博物館は多元主義的な役割をこなしていくことを求められているといえるだろう。各博物館が恒久性と資金調達と従来の役割のバランスを保つという難しい舵取りを迫られる中、私は、ポップアップ移民ミュージアムは、そのような多元主義と新自由主義的な考え方の狭間にいる「どっちつかず」な存在でいるように感じ、このような博物間の在り方も多様化していく社会への適応としてありえるのではないかと考える。
This article was originally submitted as an assignment for 博物館概論(Introduction to Museum Studies), Spring 2021
参考文献
Alosi, A. (2018). Council of Europe framework convention on the value of cultural heritage for society [Faro Convention]. European Sources Online. https://www.europeansources.info/record/council-of-europe-framework-convention-on-the-value-of-cultural-heritage-for-society-faro-convention/
Council of Europe. (n.d.a). Convention for the Protection of the Archaeological Heritage of Europe (revised) (Valletta, 1992). https://www.coe.int/en/web/culture-and-heritage/valletta-convention
Council of Europe. (n.d.b). Convention for the Protection of the Architectural Heritage of Europe (Granada, 1985). https://www.coe.int/en/web/culture-and-heritage/granada-convention
Council of Europe. (2005). Council of Europe framework convention on the value of cultural heritage for society. https://www.coe.int/en/web/conventions/full-list/-/conventions/rms/0900001680083746
Cultural Heritage Agency. (2019). Faro Convention Meeting: Heritage as a means for societal challenges. https://english.cultureelerfgoed.nl/publications/publications/2019/01/01/faro-convention-meeting.-report-2019
Migration Museum Heerlen. (n.d.). Migration Museum Heerlen. https://migratiemuseumheerlen.nl/english/
Vícha, O. (2014). The concepts of the right to cultural heritage within the Faro convention. International and Comparative Law Review, 14(2) 25-40. https://doi.org/10.1515/iclr-2016-0049
文部科学省. (n.d.). 博物館をあらゆる人に開放する最も有効な方法に関する勧告. https://www.mext.go.jp/unesco/009/1387063.htm
松田陽. (2018). 欧州における遺跡の保存・活用の動向について. 日本考古学協会第84回総会:研究発表要旨, 204-205.