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チェルノブイリ原発事故にみる災害とアート

立入禁止区域という名の排他区域は、放射能と歴史的背景に由来するこの地域に根差した排他性とは裏腹に、人々を芸術作品を媒介として包摂していったということではないだろうか。

Written by Genki Hase

チェルノブイリ原発事故とその活用

1986年、チェルノブイリ原子力発電所の原子炉の一つがメルトダウンを起こし、大量の放射線物質が観測された。事故が起きた当時は放射能と生物学的損傷の因果関係に関する科学知識が十分に存在しておらず、明確に被災レベルを区分する基準が確立していなかったため、科学組織や国家権力は「被災者と非被災者」を区分するのにどのような知識が正当性をもつのかを定義することを目的に、数々の「バウンダリ・ワーク(boundary-work)」(Gieryn, 1995)を行った(Petryna, 2002)。このような状況下では、誰がチェルノブイリ原発事故の被災者であるかを定義する技術手段が国家や科学者の手に委ねられているため、「被災者」や「医療行為を受けるべき人」といった区分は極めて政治的なものとなる。例えば、原発事故発生直後の基準では、250レムという放射能測定値を患者・治療対象者と認めており、これを下回る220レムという測定値が出た市民はそのまま原発清掃員として被災地で勤務した(Petryna, 2002, p. 43)。これらの状況を知ることでわかるのは、権力者はチェルノブイリ原発事故というイベントが生みだした「不確かさ」を活用し、市民を特定の市民に区分していく活動を行っていったということである。

ソビエト連邦が崩壊した1991年以降、新しく樹立したウクライナ政府は、ソ連時代のチェルノブイリ原発事故の遺構を国家が人道的であることの根拠として用い、領土を主張するための手段として利用していった(Petryna, 2002)。また、それらの過程でソビエト政権が定義していたチェルノブイリ立入禁止区域(Chernobyl Exclusion Zone)は見直され、新たな危険区域が規定された。

文化の震源地としてのチェルノブイリ

ソ連崩壊以降、ウクライナ政府の試みと同時進行するような形でチェルノブイリ原発事故は文化的にも強い影響力を持っていった。参考までにWikipediaにある「チェルノブイリ原発事故の文化的影響[Cultural impact of the Chernobyl disaster]」という記事を参照すると、1991年以降のドキュメンタリーや小説、音楽、ゲームの数はそれ以前と比較すると圧倒的であることを知ることができる(”Cultural impact of the Chernobyl disaster,” 2021)。さて、ここで興味深い点は原発事故という過去の苦しみと結びつくような出来事が資本化され、事故及び立ち入り禁止区域を土壌として固有の文化が芽生えているという点である。私はこれを何故災害が災害と呼ばれるのかに関係していると考える。例えば、災害が日常的に起こっていたとしたらそれは災害ではなく、日常的なイベントである。このように考えると災害というのはその非日常性によって定義されており、災害が資本化され、文化が芽生えるのはこの非日常的なイベントによって創造された時空間の空白地帯に由来するのではないだろうか。現に二度の世界大戦やホロコースト、東日本大震災を含む三連動災害は資本化され、文化的・経済的要素として利用されているだけではなく、人々が想いを共有する場所としてある種の「コモンズ」になっているといえる。また、災害という区分に入るかは怪しいものの、宗教改革や市民革命といった革命も文化的空白地帯をつくりだし、新たな文化が自生したイベントの一つだといえるだろう。

災害とアートの結合:ExclusionからInclusionへ

チェルノブイリ原発事故の被災地という「立入禁止区域/Zone of Exclusion」が人々のコモンズになるという災害の資本化について考えた時に立つ問いは、この状況がそもそもどのようなもので、災害の上に作品が自生するということは何を意味するのか、である。この問いに対する答えを出すためにはまず災害とアートの関係性を実際の作品からみていくことが不可欠だ。以下、二つの例をもとに災害とアートの結合とその意味について考察していく。

一つ目の作品はGuido van Heltenによる原子力発電の冷却塔に描かれた壁画『Chernobyl Exclusion Zone(2016)』である(Guido van Helten, n.d.)。この作品は写真家であるIgor Kostinの写真をもとに作られており、事故後30周年を記念して描かれたものだ。この作品は災害震源地のすぐ近くである冷却塔で描かれたため、Heltenは防護服を着用して制作に臨んだ。かつては立ち入ることすら憚られていた場所に一時的に人が立入、作品が残され、人はその場所から去る。このことから、チェルノブイリ原発という空間は人がいないのに人の存在を感じさせ、災害そのものの記憶だけではなく、災害そのものから自生した様々な思想を保存する装置としての役割を果たしているのではないかと考察される。

二つ目の作品はチェルノブイリ原発事故が起きた街、プリピャチに放置された保存状態も機能性も様々な20もの楽器を録音することでできた音源『Pripyat Pianos』だ。この音源を作成した団体Strix Instrumentsは「過酷な気象条件や放射線の影響により劣化している楽器の本質的で純粋な音」を元としたバーチャル楽器を完成させることを目標に作品づくりに取り組んだ(Strix Instruments, n.d.)。Heltenの壁画がアーティストにより持ち込まれた—正しくは残された—ものだったのに対し、『Pripyat Pianos』は遺構より持ち出された音というオブジェクトを集合させた作品である。立入禁止区域の内部から外部にもっていくINSIDE OUTな視点。これは外部よりその危険性と「被災」が定義されてきたチェルノブイリ原発事故に相対した視点である。

これら二つの作品から推察されることは、チェルノブイリ原発事故が創ったプリピャチという公的余白と「不確かさ」を特徴として持つ場所において、アートはその人が存在しない空白地帯に人を挿入する、社会・人々と災害を結びつける媒体としての役割を担っていることだ。これが意味することは、立入禁止区域という名の排他区域は、放射能と歴史的背景に由来するこの地域に根差した排他性とは裏腹に、人々を芸術作品を媒介として包摂していったということではないだろうか。そのように考えると、当初よりチェルノブイリ原発事故が抱える不確かさは、過去は政治科学権力により実体化されていたが、ウクライナが立国と正当性の証明として事故を利用していった現代において、アートはINSIDE OUTとOUTSIDE INの両輪によってチェルノブイリ原発事故と事故が起きた街プリピャチの輪郭を定義しているといえるだろう。

This article was originally submitted as a final assignment for 芸術と社会 (Art and Society), Spring 2021

参考文献

Cultural impact of the Chernobyl disaster. (2021, August 10). In Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Cultural_impact_of_the_Chernobyl_disaster

Gieryn, T. (1995). Boundaries of science. In S. JasanoffG. E. Markle & J. C. Petersen Handbook of science and technology studies, revised edition (pp. 393-443). Thousand Oaks, CA: SAGE Publications, Inc. doi: 10.4135/9781412990127.n18

Guido van Helten. (n.d.). Chernobyl exclusion zone. https://www.guidovanhelten.com/projects/chernobyl_ukraine

Petryna, A. (2002). Life exposed: Biological citizens after Chernobyl. Princeton University Press.

Strix Instruments. (n.d.). Pripyat pianos. https://strixinstruments.com/pripyat-pianos/

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